
「あなたは心を尽くし、いのちを尽くして、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」(マルコ12:30) 「第二の戒めはこれです。あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。これらよりも重要な命令は他にありません。」(マルコ12:31)
1. 一つの戒め 613から1へ
シンプルイズベストという言葉があります。ユダヤ教社会では「してはいけない禁止令」が365、「するべきであるという命令が248、計613もの戒律がイエス様の時代にはあったそうです。
ところがイエス様はそれを2つにされました。申命記6:29-30 「神を愛せよ」、レビ19:18「隣人を愛せよ」。この二つはイエス様以前にも重要な戒めとされていましたが、イエス様は実質的にこれを一つにされた点において、ユニークでした。なぜならば、神を愛しているといいながら、隣隣人と喧嘩ばかりしている、あちこちで悪口を言いあっているということが無きにしも非ずです。逆に人に親切で優しいけれど神を敬い愛するという信仰心が全くない人もこの世の中に多くいるからです。イエス様は、神を愛することは隣人を愛すること、隣人を愛することは神を愛することと同じであり、この二つはコインの裏表のように一体であり分離できないことを教えてくださいました。
さらにイエス様は「あなたがたに新しい戒め(単数形)を与えます。互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13:3434)と弟子たちすなわち教会にただ一つの戒めを命じました。613の戒律はイエス様によって2つに、さらに1つに凝縮されたのでした。炭素を超高圧・高温で凝縮すると最も堅く美しく輝くダイアモンドが出来上がるように、教会には「互いに愛し合う」という最もっシンプルなダイヤモンドのような戒めが与えられたのでした。
イエス様の時代には、ユダヤ人やサマリヤ人や異邦人といった差別や対立や分断がありました。しかし、イエス様の十字架の贖いによって隔ての壁、すべての隔ての中垣は取り除かれ(エペソ2:14)、新しく「神の家族」(エペソ2:19)としての交わりが生み出されました。「こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。」だから、キリストのあって、互いに愛し合うのです。
2. 愛され愛し合う関係 先行する十字架の愛
イエス様は互いに愛し合いなさいと命じました。それは愛されることばかりを求める一方通行のような愛であってはならないことを意味します。愛されたことを学んだものはより多く愛することへと動機づけられます。愛は片道切符ではなく往復切符、往復書簡です。
イエス様は、「私があなたがたを愛したように」とモデルを示してくださいました。へりくだって弟子たちの足を洗う仕える姿(ヨハネ13:5)、そしてゴルゴダの丘の十字架の身代わりの死によって究極の神の愛を示されました。罪深い者のため、神に敵対していた者のためにキリストは十字架にかかり罪を償い、罪の裁きを無効にし、赦しと神との和解を与えてくださいました。誰よりも大きく、深く真実な愛を、私たちはキリストの十字架の死によって学びました。だから愛されることはもう十分なのです。もう十分すぎるほどに愛されたのです! あふれるばかりに愛されたのです。だからこれからは愛されることを求めるのではなく、愛することを学ぶのです。これほどまで「私は愛された!」この圧倒的な経験から、隣人への愛は生まれるのです。
3. 愛しなさい
「愛は名詞や形容詞ではなく動詞です」ということばがあります。神の愛は歴史的であり、具体的であり、リアリティーに満ちています。旧約においては神の愛はエジプトの奴隷生活から解放し、約束の地へと40年に渡り導き続けました。新約においては、神はご自分の独り子さえ惜しまず十字架に渡し、民を裁きと滅びから救い出してくださいました。私たちの愛もまた、具体的でリアルな実践でなければなりません。 もし「愛はすばらしい、尊い」と頭の中だけで思っているならばそれは「額縁に入れられたきれいな形容詞」にすぎません。
愛は決して大きなことを求めません。イエス様は「コップ一杯の水を差しだすものを忘れない」(マタイ10:42 マルコ9:41 )と語りました。
真実な愛は日常生活の小さなことの中に隠されているのです。小さな愛を見出し、感謝することこそ愛の実践ではないでしょうか。最も小さく、弱い立場にある人への、日常のささやかな愛の行動」を神は重んじておられるからです
今年も、台湾から語学研修に来た4名の学生たちが昨日から教会に泊まっています。この十数時間の間に、私に何度「ありがとう」という日本語を語ってくれたことでしょうか。愛は動詞です。
もし実践的な愛がなければ、それは額縁に入れられた形容詞の愛を眺めているだけにすぎません。愛は動詞です。心を尽くし、力を尽くし、あなたの神を普段の生活の場の中で愛しましょう。