
「私に何をしてほしいのか。するとその目が見えない人は言った。先生、目が見えるようにしてください」」
(マルコ10:51)
今日の個所はエリコの町で、1人の盲人がイエス様によって癒され目が見えるようになった出来事です。見るという漢字は観る、診る、看る、視る、鑑る、とも表記できます。英語ではsee、look、watch、observe。日本で最初の看護師になった女性たちのNHKドラマが放映されています。アメリカから来日する校長から「オブザーブ」と言う英語を日本語に翻訳する宿題が出されました。苦労の末、彼女たちはこれを「観察」と訳しました。
エリコの町で、イエス様によって癒された盲人は、弟子たちが見ることができなかった真実なイエス様の姿を見ることができ、イエス様に従ってエルサレムへと旅立ったのでした。彼はやがてエルサレムで十字架と復活を目撃し、ペンテコステを通して真理の御霊によってさらに目が開かれ、初代教会の重要な人物になったと考えられています。だからこそ、その名前が「バルティマイ」と記されているのです。
Ⅰ ダビデの子よ、私をあわれんでください
エリコはエルサレムの北東約27㎞にある古くから栄えていた交通の要所でした。エリコからエルサレムまでは高低差1000mほどの急こう配の登坂の一本道です。ガリラヤからついてきたイエス様の一団の他にも、過ぎ越しの祭りを祝う各地から集う多くの巡礼者たちでひしめき合っていた。エリコの町でイエス様たちは一夜を、収税人ザアカイの家で過ごされました。
翌朝、町を出たところの道端に、物乞いをしている盲人がいました。大通りのざわめきの中で「ナザレのイエスが通られる」と聞いて、彼は大声で「ダビデの子よ、憐れんでください」と叫びだしました。人々は「黙らせよう」としました。なぜならば、「ダビデの子」という称号はイスラエルの民が待ち望んでいるメシヤを意味する特別な称号でしたが、それはなによりも政治的な王を意味する称号だったからです。王や大祭司、ローマ総督といった権力者も住むエルサレムでしかも過ぎ越しの祭で群衆の熱気も高まっている中では安易に使うには危険な言葉でした。ところが彼はそんなことにお構いなしで、大声で叫び続けました。なぜならこれこそ彼の信仰そのものであり、告白であったからです。
イザヤ35:5-6「神は来て、あなたがたを救われる。その時、目の見えない者の目は開かれ、耳の聞こえない者の耳は開けられる。そのとき足の萎えた者は鹿のように飛び跳ね、口のきけない者の舌は喜び歌う」。預言されているようにメシヤだけが盲人の目を開くという癒しと救いの御業をなしとげてくださるからです。
Ⅱ 喜べ立て 呼んでいる
するとイエス様は騒がしい喧噪さのなかにあってもバルティマイの叫びを聞き遂げておられました。イエス様はあわれみを求める者のそばを決して通り過ぎないお方です。小さな者の祈りを聞き逃さないお方です。
「喜べ、呼んでおられる」とバルティマイに声をかけると、彼は上着を脱ぎ捨て(投げ出し)、小躍りしてイエス様のもとへ来ました。盲目でしたからきっと連れてこられたのでしょう。
なぜ着ている上着を脱いだのでしょうか。高貴な方の前では上着を脱ぐ習慣があったそうですが、物乞いをしていた彼の場合は、下着の方がもっと汚れていたかもしれません。イエス様の当時、道端に座って物乞いをする者たちは、上着(外套・マント)を広げてそこにお金や食べ物を置いてもらっていたそうです。ですから上着は、かれが盲目であったがゆえに背負わなければならなかったあらゆる苦しみの象徴でもあったと理解できます。
イエス様の時代、多くの障がい者の中でも、盲人は最も不幸な存在であり、罪と強く結びつけられていました。社会的にも宗教的にも差別されていのです。ヨハネ9:1-41には、弟子たちが盲人を指さして、この人の不幸は本人の罪それとも親の罪ゆえですかとイエス様に尋ねた出来事が記録されています。イエス様は「因果応報」という差別と偏見を完全否定し、この人の生涯に神の栄光が示されるためと教えられたのでした。物乞いをして人に頼って生きていくしかない、自立できず、主体的に生きられない、偏見差別、無力さ、無価値さの中で「座り込んでいた」彼の人生そのものを象徴しているのではないでしょうか。イエスと出会って、呼ばれ、切なる祈りが聞かれ、御前に招かれ、小躍りして喜んでいる。これこそ伝道の原点ではないでしょうか。呼ばれ、招かれ、小躍りして喜ぶ「喜び」を共に分かち合うことが、伝道の原点ではないかと私は思います。
Ⅲ 目が見えるようになることです
イエスは彼に「何を願うのか、何をしてほしいのか」と尋ねました。彼はためらわず「目が見えるようになることです」と願いました。それはメシヤにしかできない御業だったからです。見えないはずのバルティマイは、すでにメシヤの姿をはっきりと見ていた!信仰の目でもって見ていた。ただ視力が回復することだけを願ったのではなく、「イエス様、あなたは盲人の目を開くことができるメシヤです」との信仰告白をバルティマイはイエス様にささげていたのです。弟子たちに「何をしてほしいのか」と尋ねたとき、弟子たちは、1人は右に1人は左にと立身栄達を願ったこととは大違いです。それゆえイエスは「あなたの信仰があなたを救った」と彼を祝福し、彼の願いを成就して下さったのでした。バルティマイの中の「信仰」にイエス様のまなざしは注がれていました。イエス様がなさった最後の癒しのわざは、「盲人の目を開き」、見えない者が見えるようになることでした。この御業は「真理の御霊」の働きへと受け継がれていきました。
Ⅳ バルティマイは主に従い、エルサレムへと同行しました。
イエス様から救いを受けたバルティマイは、イエス様に従い、イエス様が進まれるエルサレムへの道を共に歩みだしたのです。「さあ、行きなさい」(52)と言われたバルティマイの行き先は故郷でも実家でも家族のもとでもなく、エリコからエルサレムへの道でした。
彼は残された生涯を、イエスにささげ、イエスが進まれる十字架の道に従って行きました。弟子たち以上に「見るべきものが見えていた」のです。わたしたちの目はなにを見ているでしょうか。この世の栄華の道ではなく、ただ一つのいのちの道を従い歩みたいものです。
「人の子も仕えられるためではなく、仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、
自分のいのちを与えるために来たのです」(マルコ10:45)