【福音宣教】 「イエス様の宮きよめ」


「わたしの家はあらゆる民の祈りの家とよばれる」と書いてあるではないか。それなのに、おまえたちはそれを「強盗の巣にしてしまった」(マルコ11:17) 

今日の聖書の箇所は、普段温和で柔和なイエス様が大暴れしている箇所です。皆さんも人生で一度や二度 大暴れしたということがないでしょうか。お酒によって大暴れをし、警察にお世話になったり、店への出入り禁止になったっという人も私は知っています。大暴れできない代わりにあちらこちらに当たり散らして鬱憤を晴らしている人も中にはいるかもしれません。

1.  イエス様の激しい怒り

イエス様はエルサレムの都に子ロバに乗って入城されました。日曜日の出来事です。

1)翌日 エルサレム神殿の中に入って、そこで繰り広げられている光景を見てイエス様は激しい怒りを現わされました。神殿の中の異邦人の庭と呼ばれている境内が、まるで商売人たちの市場のような有様になっていたからです。ヨハネ 2章15節では、「細縄でむちを作って、羊も牛もみな宮から追い出し、両替人の金を散らして、その台を倒し、鳩を売っている者たちに言われた。それをここから持って行け。わたしの父の家を商売の家にしてはならない」と、さらに詳しく記されています。

2)どうしてイエス様はすぐに取り抑えられなかったのでしょうか。エルサレムの神殿には数十人いる祭司長の1人が神殿警備隊長として任命され、警護に当たっていました。過ぎ越しの祭りのため、世界中から多くの巡礼者が集い、城内は熱気と興奮に包まれていました。ローマ政府に対抗するデモや反逆行為が勃発する危険性が非常に高いため、神殿の北西隅にある アントニオの塔と呼ばれるローマ兵の駐屯所では、ロマ兵たちが増員され、城壁にもローマ兵による監視の目が光っているという状況の最中で起きた事件でした。すぐさま現場に警備兵が駆けつけ取り押さえるはずです。ところが、イエス様が信仰の真理に基づいて毅然とした態度で行動を起こし、人々に教えておられたので、取り囲んでいた人々はむしろ、共感共鳴し「驚嘆」(18)していたため、警備兵たちはうかつに手が出せなかったようです。そのため いよいよ神殿当局者はイエス様を「殺そうと決意」(18)を固めたのでした。

Ⅱ なぜイエス様はこれほど激しく怒り、行動されたのでしょうか。

2つ 理由が考えられます 

第1は神に対する真の新しい礼拝をもたらすためでした 

1)神殿における礼拝は大祭司や祭司長たちが率い、おびただしい数の牛や羊といった動物の生贄をささげることを中心とした厳かな祭儀制度から成立していました。祭りごとを中心とする「神殿礼拝」は、イエス様によってついに終焉を迎え、イエス様と共に新しい「神礼拝」が到来したことを明らかに世に示すためでした。

2)この日の朝、イエス様は エルサレムに入城される前に、葉ばかり生い茂り、何一つ実を結んでいないいちじくの木を枯らしてしまいました。葡萄の木と並んでイチジクの木は、イスラエルを象徴する木でした。イチジクの木が根元から枯れてしまうことは、イスラエルの滅亡そしてエルサレム神殿の崩壊という預言的行為であること先週、私たちは学びました。

3)イエス様は「時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)と宣言し、ガリラヤ地域での福音宣教を開始しました。その新しい神の国の恵みのご支配の1つは、新しい神礼拝の到来でした。ヨハネ4章で、サマリアの女性に向かってイエス様は「まことの礼拝者たちが御霊と真理をもって父を礼拝する時が来ます。今がその時です」(21,23)と語られ、サマリヤ人にも、救いの泉すなわち真の神礼拝の道を提供しました。イエス様によって、ゲリジム山でもシオンの丘でもない場所で、キリストによる新しい神礼拝が、すべての民が導かれ、礼拝を通していのちの泉がわきあがることを象徴しています。

4)神殿の境内で何が行われていたのかもう一度見てみましょう。神殿の境内で、両替商人たちは正式な認可を受けて店を出していました。過ぎ越しの祭りには世界中から巡礼者たちが神殿に集いました。当時はギリシャやローマの貨幣が流通していましたが、多くの貨幣にはローマ皇帝や王や支配者たちの肖像が刻まれていました。そのため神殿でその通貨を奉げることは偶像礼拝にあたるということで、ユダヤの古い貨幣シケルに両替しなければなりませんでした。当然ながら両替商人たちが法外な暴利を貪り、かつ上納金として神殿当局にもかなりの金銭が収められていました。

5)神殿では動物の犠牲が祭司たちによって捧げられていました。裕福な人は牛や羊を貧しい人はハトを購入して捧げました。神殿当局が検査して認可した「傷のない動物」としてのお墨付きがなければ奉げることはできませんでした。ここでもやはり不正が行われ、暴利が貪られていたのです。イエス様はこうした不正や暴利をむさぼる形骸化し、宗教と富が癒着した神殿制度を根本から覆されたのでした。

6)イエス様は十字架の上で自らをまことの犠牲として捧げられました。おびただしい数の動物の犠牲による贖いではなく、ただ一度だけ、罪のない神の御子が全ての民の罪の贖いとして、ご自身の十字架の死をもって、完全な赦しをもたらしてくださったのでした。

「しかし今、キリストはただ一度だけ、世々の終わりに、ご自分をいけにえとして罪を取り除くために現れてくださいました。」(へブル9:26)
「このみこころにしたがって、イエスキリストのからだが、ただ一度だけ捧げられたことにより、イエスキリストのからだがただ一度だけささげられたことににより、
                   私たちは聖なる者とされたのです」(へブル10:10)

第二は、真の神への礼拝に民族的な隔ての壁はもはや存在しないためです。

1)イエス様が宮きよめをなさった場所は、異邦人が真の神を礼拝することが許されている唯一の庭でした。これから先へはユダヤ人以外は入ることが許されていませんでした。異邦人に許されているたった一つの礼拝の場、祈りの場が、商売人たちによって汚され、占領され、奪い取られてしまっていたのです。 それゆえ、イエス様は「私の父の家は全ての民の祈りの家と唱えられる」と宣言されたのでした。神の恵みと救いの門戸は、全ての民に開かれているのです。キリストの十字架の贖いの死により、すべての隔ての壁は取り除かれました。

2)神殿はユダヤ人と異邦人達がともに導かれ、一つとなり、神を礼拝し、神を喜ぶ「万民のための神殿」でした。そこは何より「祈りの家」であるべき存在でした。

3)かつて ソロモン王が神殿を建て、神に奉献した時の祈りが、第1列王8:27‐30に記されています。「あなたのしもべの祈りと願いに御顔を向けてください。私の神、主よ、あなたのしもべが、今日、御前にささげる叫びと祈りを聞いてください」(28)

イエスキリストの十字架の死を通して、すべての罪が贖われ、神との和解と永遠のいのちに至る道が開かれました。完全で永遠の救いがついに十字架の死において成就されたのです。ただ一度限りの、二度と繰り返す必要のない、完全な供え物として、御子イエスキリストが十字架にかかり死なれ、すべての民を神との和解へと導いたたのでした。新しい神の国のご支配は、御霊と真理によって導かれる礼拝から始まろうとしていたのです。

本当に良きものはただ一つだけで十分なのです。本当に私たちが真実な神にささげる良きものは、礼拝と祈りであり、神が求めておられるすべてなのです。

「あなたがたのからだを神に喜ばれる聖なる生きたささげものとして奉げなさい。それこそあなたがたにふさわしい礼拝です。」(ロマ12:1)